時々考えます。
目まぐるしい世の中の変化に対して。
あと、10年後にはどうなっているのかな。
昨日あったものが、「明日は、もうなくなります」となっても、あまり顧みられず、時間は平然と通り過ぎていきます。
「それ、まだ使いたいので残してほしい」と頼んでも、当たり前ですが、全く通じません(笑)
新製品が出たり、サポートが終了してしまうことは、確かに技術の進歩や社会の変化によるものですが。
でも、「使いたいもの」とは又別のところで、サイクルが回されているようにも感じます。
あっという間に新製品が出て、昨年のものは古く。
数年サイクルを前提に、ものが作られているようにも感じます。
数年サイクルを無視して、同じガラケーを9年使っていた私、目新しいものには、昔から特に興味持たなかった私は、取り残されているのかもしれません。。。
………
でも、どれだけ便利で、時間や場所も問わず、人間の手を借りなくても出来ることが多くなっても、
子供が伸び伸びと、道具に振り回されず、自分の力と意志で人生を切り開く大人になってほしいという親の願いは変わらないでしょうし、
生き甲斐を求めて音楽を続ける人も、なくならないと思うのです。
このアナログな音楽という世界。
自分の頭の中で瞬時にカテゴリー分け、重要度を判断し、(笑)早く曲を把握するために、弾くことも含めて10年以上かけて習得する技術。
長いわ。。
しかも、練習しないといけないし。
細かい作業だし。楽じゃない。
時には、一冊に練習曲が100曲とかあるし(笑)、曲数こなす力も必要。
私の子供時代は、生活も通信も全て、そののんびりとしたペースだったので、10年スパンを何とも思わなかったのですが。
今の「作られ、数年で陳腐化し、作られ、捨てられ、」のサイクルとは程遠い時間の使い方です。
1日ピアノの前で曲を作っては消し、作っては消し、気付いたら日が暮れていた(笑)のような、不思議の世界にいた時もあったなあと。
「それ、成果ないでしょ」ということばかりしてました(^^)
アナログで全てがゆっくりな私でした。
クラクラするほど、サイクルが早いのに、今日は驚き。
長い期間に渡り音楽、ピアノを続ける意味、携わる意味を自分に問うています。
…………………
今日の自問自答の答えは(私が辿り着きたいところ、ですが)
- 生徒さんが大人になって、例え学んだ音楽を忘れても、学んだ原理を音楽の分野以外に応用出来る力を育てたい。ということ。
- 音楽を続けていたら、曲を、自分の力のみで解釈して弾ける自由度を身につけること。(自分で考えて、臨機応変に、自分の力で弾いていいという自信をつけること。)
長〜いサイクルです。
…………
長い目で見た時の目標を達成するための道具として考えれば、ツールのサイクルの早さにも乗らなければいけないのかな。
…残念な気もしますが。
自分の目標はぶれないようにしようと思います。
と、今、最後まで書いて、気付きました。